新井 哲   脚本/演出

活動履歴

 2000年「零式」を旗揚げ。
 全ての零式作品の脚本を執筆。

 第4回公演以降、演出も手がける切実な不条理によって
 飛躍し陥落する独自のストーリー展開が、高く評価されている。

受賞歴

  平成14年度文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作(セ氏の妖女)
 『井上ひさしのコント教室(仮)』にコント掲載予定
 第10回劇作家協会新人戯曲賞最終候補(或女の石々)
 第24回新風舎出版文化賞出版化推薦作選出(半寝)
 2005年佐藤佐吉賞優秀脚本賞(ブリキ・ゴーレム)

一言

 途方に暮れるまで、前しか見ないことにします

評等

平成14年度文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作 「セ氏の妖女」
  この作品を解くキーワードは<戦争>であろう。しかし、ここで作者が語らんとするのは、国家間で争われるアノ<戦争>ではなく、もう少し根元的でなおかつ、今日的な、わたしたちが身体レベルで直面している<危機>なのだ。作品全体に漂う異様とも思える緊張感が、そのことを明らかにしている。鮮やかなイメージを喚起する台詞も、凡手のなせる技ではない。ひとりよがりな物語の展開等、難点も多いのだが、作者の今後を期待したい。(中略)硬質で鋭く、きらきらする言葉と飛躍するメタファーによる詩劇のようなこの作品を、恣意的に絵解きしたり、解釈を加えようとしたら、あるいは作品を傷つけ、倭少化してしまうかもしれない。
 
-岩波 剛-(新鋭劇作家集「解説」より)
   
第10回劇作家協会新人戯曲賞第一次通過 「永代看板娘」
 

―(中略)―お客様には、新たな才能との出会いのチャンスですよ、とお伝えしておく。ひょっとしたら彼は「二十一世紀千葉産の寺山修司」かもしれない。「時代錯誤の変態おやじ青年」と怪しむ向きもあるやもしれないが、それにしては佇まいが清潔すぎる。「純愛とは誤解である」と彼が発見するに至った経緯は知らないが、戯曲のもつせつなさを、確実に舞台に運んでくれるよう演出家には要求したい。
 新井くんは自作の飛躍したイメージの連鎖に、揺るぎない確信を持っている。その確信が「鉄壁の個性」に変貌するかどうかが、見ものである。のるかそるか。見事に足掻いてくれるであろうことは、想像に難くない。  

−燐光群 坂手洋二−

   
第10回劇作家協会新人戯曲賞優秀賞 「或女の石々」
 

私はどちらかといえば「その人にしか書けないもの」に惹かれるようだ。今回の作品群の中では、『或女の石々』の新井哲さんにいちばんそれを感じた。その点では得をしていたこの作品が、未整理であり、おそらく作者自身が自覚できるくらいに手抜かりがあることが、強く押せなかった理由だ。同じ作者の『永代看板娘』に比べると、シンプルな潔さのようなものが欠けているのだ。

−坂手洋二−(劇作家協会会報「ト書き」37号より)

   
第24回新風舎出版賞出版化推薦作 「半寝」
 

睡眠をモチーフに希望と絶望の混在を描いた劇団零式の『半寝』は、劇作の創意工夫で劇世界に広がりが出た。舞台の節目に現れたカウンセリングの場面で、冒頭での謎の殺人事件が、容疑者による回想だと気づかせる構成になっていて、従来ならここで終幕となるが、さらに展開させて、結末の一瞬で見せ場を創った。冗長になる場面を洗練すれば、充実感の伴う舞台となったであろう。

-山関 英人−(埼玉新聞掲載)

   
王子小劇場主催2005年佐藤佐吉賞優秀脚本賞 「ブリキ・ゴーレム」
 

劇団零式の『ブリキ・ゴーレム』の登場人物には背景がなかった。(中略) 別れ話を切り出す時の台詞はよかった。ジグソーパズルが完成したら別れるの?という内容の台詞である。完成は成就である、と思い込んでいたが、そうではなく、終わりであり、だから別れるということなのだろう。その一方で、パズルの完成はピースごとの関係性が結実したことになるが、別れは関係性の破壊である。ここで思い付いたのは、劇の構造自体、パズルのピースをはめこんでいくような展開で、終幕寸前に完成するようにすれば(すれすれのところで完成しないようにすれば)、充実した結末を迎えられたかもしれない。この文章の冒頭で、人物背景がわからないと述べたが、その結果、人間関係も不明確になってしまった。その関係をあえて不透明にする意図が伝わってくれば、舞台に惹きつけられたと想う。

-山関 英人-

   
その他評
 

―(中略)―私の分類に従えば、新井くんは「ナンセンスもの」の文体に天性の感覚を有する書き手である。そしてこれは対象への的確な「距離感」と柔軟な「遊び心」によってもたらされるものにほかならない。
今後の活躍をおおいに期待している。

−別役 実−

 

 



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